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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)1686号 判決

原告 山名常雄

〈ほか一名〉

右原告両名訴訟代理人弁護士 小池通雄

同 坂井興一

同 船尾徹

同 市来八郎

同 松井繁明

同 向武男

同 中村時子

被告 株式会社石井鉄工所

右代表者代表取締役 石井寛

右訴訟代理人弁護士 成富信夫

同 成富安信

同 成富信方

同 荒木孝壬

同 山本忠美

同 岡田一三

同 畑中耕造

主文

一  原告両名が、被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、原告山名が昭和二六年四月会社東京工場機械課に旋盤工として入社し、昭和四四年七月当時同工場計画課に勤務し、原告小縣が昭和四〇年三月二九日入社以来本社技術研究所溶接研究員として勤務していたこと、および会社が昭和四四年一二月二〇日付をもって、原告両名に対し、懲戒解雇の意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、原告両名は、右解雇の意思表示は解雇権消滅後の解雇権行使もしくは信義則違反として無効であると主張するので判断する。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、次の諸事実が認められる。

1  会社は、昭和四四年七月三日機構改革に伴う人事異動の一環として、原告両名に対し、工事部工事課に配転を命じたが、原告両名は、右配転命令が事前に原告らの意向をきかず一方的に行われたこと、その他個人的、家庭的事情などを理由にこれを拒否した。他方、原告両名の所属する組合もその頃配転、出向については本人の意思を尊重する旨の条項をとり入れるよう会社に要求して労働協約改訂交渉を行っていたところから、会社と組合との間で原告両名の右配転をめぐって協議を重ね、会社は、同月三〇日の労使協議会において、さきの配転命令を変更して原告両名を工事部倉庫課へ配転することとし、組合に対し、その理由を説明するとともに原告両名の説得方を依頼した。しかし、組合が、その後会社の数回に亘る要請にかかわらず諾否の結論を回答しなかったので、会社は、同年九月一八日文書をもって、組合に対し、同月二五日までに組合としての結論を出すよう、結論が出ない場合は労使協議整わないものとして折衝を打切り、同年七月三〇日付をもって正式に原告両名の工事部倉庫課勤務を発令する旨通告した。そして、同年九月二五日までに組合からの回答がなかったので、会社は、同月二六日原告両名に対し、同日以降新任務につかない場合は就業規則に照らして処置する旨の警告とともに、前記通告どおり倉庫課への配転を発令した(以上のうち、昭和四四年七月三日の配転命令およびその後これを工事部倉庫課へ変更したことおよび原告両名の組合所属は当事者間に争いがない。)。

2  しかし、その後も原告両名は依然として配転命令に応じなかったので、会社は、同年一一月一四日、一七日および二一日の三回にわたって書面で原告両名を本社に呼び出し、同月二一日漸く出頭した原告両名に対し、鈴木専務および山田労務担当取締役から倉庫課に就労するよう要請したところ、これに対し、原告両名は、配転命令に服する意思のないことを明らかにしたので、会社は、直ちに緊急役員会議を開いて原告両名を懲戒解雇する方針を決定し、同月二二日組合に対し書面をもってその同意を求めた。組合は、これより前会社側の態度を察知して、同月二一日正午原告両名に指名ストライキを指示し、同月二五日団体交渉の席上解雇不同意を回答し、翌二六日会社から再度同意を求められたのに対し、同月二八日文書で解雇反対を主張した(指名ストライキの事実は当事者間に争いがない。)。

会社は、同年一二月一日、原告両名に対しては、懲戒解雇につき組合の同意を求めて協議を重ねているが、懲戒解雇は将来に重大な影響を与えるので、二日間最後の反省の機会を与え、同月三日午前八時から倉庫課に勤務するよう勧告するとともに、この勧告に従って就労したときは、会社は予定した懲戒解雇を取り止める用意がある旨を、組合に対しては、原告両名を同月三日午前八時から倉庫課へ就労させるよう要求する旨を、それぞれ書面をもって通告し、さらに、同月三日原告両名に対し、同月五日正午必着で倉庫課への配転命令に従う意思があるか否か返事することおよび返事のない場合は拒絶したものとみて懲戒解雇する旨を通告した。

3  組合は、このような会社の態度について原告両名とも話合った結果、懲戒解雇される事態を避けるため、同年一二月五日午前一一時三〇分をもって原告両名の指名ストライキを解除し、会社の勧告に応じて配転先の工事部倉庫課へ就労させる方針を決め、原告両名は、同月五日午前中それぞれ本社へ電話し、秀島勤労部長に対し就労する旨通知したうえ、同日午前一一時三〇分頃、組合の渡辺書記長外二名と同道して工事部倉庫課に出頭し、長谷川課長および黒田副課長に対し今日から就労する旨挨拶し、同課では、原告両名の配転が内定した当時すでに同課長と副課長との打合わせにより、原告両名の担当業務が決められていたので、原告両名は同日午後から仕事に就いた(以上のうち、原告両名の指名ストライキ解除および一二月五日出社の事実は当事者間に争いがない。)。

4  原告小縣の担当業務の内容は、エンジンウエルダー修理工事現場用図面等の写図、溶接機コンテナ検討、溶接機調査などで、また、原告山名は、木材、ワイヤー、電気工具、ボルト・ナット等の消耗器材の発注、注文書の作成、納入品の検収など主として購買関係の業務を担当し、原告両名は、同日以降いずれも他の従業員と変りなく自己の担当業務を処理し、その勤務態度になんら異常なところはなかった。

5  ところが、会社は、同月一九日書面により、原告両名に対し、「君は、同月五日正午までに所定の勤務に就いたが、同日付労組より会社宛の書簡ならびに同月一五日付都労委へ申請した救済申立書によると、君は、異動命令に従わない意思を持ちながら、ただ形ばかりは労組の指示により工事部倉庫課勤務についた事実が判然とした。これは従業員として会社の業務命令に従ったものではないので、同月五日の就勤は、会社の要求する要件を満しておらず、したがって、解雇処分取止めの余地がないことになった。」との理由で、前記のとおり懲戒解雇の意思表示をした。

右書面に指摘された組合より会社宛の書簡の内容は、「組合は、諸般の事情を考慮した結果、原告両名に対し同月五日午前一一時三〇分をもって指名ストを解除し、工事部倉庫課へ行くよう指示した。しかし、これは組合が異動命令を容認したものではないことを確認しておく。」というものであり、また、組合および原告両名が同月一五日東京都労働委員会に提出した不当労働行為救済申立書には、「組合は、異動命令に対して反対である旨の態度を留保しつつ同月五日から一旦両名を倉庫課に勤務させた。」旨の記載があった。

以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(二)  右認定の事実によると、会社は、同年九月二六日発令した工事部倉庫課への配転命令に原告両名が従わなかったので、内部的に懲戒解雇の方針を一応決定したけれども、なお原告両名に再考を促し反省の機会を与える趣旨で、原告両名に対し、同年一二月五日正午までに配転先の倉庫課に勤務するよう勧告するとともに、期限までに勤務した場合は懲戒解雇を取り止める旨の意思を表明して解雇権を行使しないことを約したところ、原告両名は、懲戒解雇を受けることを避けるため、会社の右勧告に応じ、指定された期日に配転先の職場に就労したもので、その後の原告両名の勤務状況は、客観的にみて労働契約の本旨にかなった労務の提供というに妨げなく、会社も原告両名の提供した労務の給付を異議なく受領していたものと認めるのが相当である。

ところで、被告は、原告両名は本件配転命令について反抗的内心意思を有し、その就労も組合の指令によるもので見せかけに過ぎず、労働関係の人格的特質に照らすと、原告両名には会社の指揮命令に服従して労務を給付する意思はなかったというべきであると主張する。

もとより、労働関係は、労働力が労働者の人格と切り離し得ないものである以上、例えば、労働者の智能、性格、教養などの精神的条件が労働力の価値に影響を与え、また、労働遂行の過程においても、労働が労働者の人格と不可分の労働者自身の行為であることから、使用者が労働力を体現する労働者に対して命令ないし強制する契機を生じ、その意味において、使用者と労働者との間にいわゆる人的従属関係が存在することは否定できない。しかし、このような人的従属関係は、労働関係を基礎づける労働契約で約された労働者の労働力利用の範囲内においてのみ認められるべきものであって、労働者が労働の意思と能力をもって所定の労働の場所に赴き、その労働力を使用者の指揮命令に委ね、給付された労務の質および量において債務の本旨に悖るところがなければ、労働契約上の義務は履行されたものというべきであり、その範囲を越えて、労働関係が労働者の企業(使用者)への全人格的ないし共同体的帰属という人格法的ないし身分法的性格を有するものと解することは相当でない。したがって、前記のとおり、原告両名およびその所属する組合が、原告両名の配転を不当としてこれに承服せず、労働委員会に不当労働行為救済申立をして争い、また、原告両名の就労が組合の指令によるものであったとしても、原告両名の就労後の勤務状況が客観的に労働契約の本旨に従った履行と認められる以上、被告の右主張は失当というべきである。

そうすると、会社が、原告両名に対し、配転先の職場へ就労するよう勧告するとともに、就労した場合は、懲戒解雇権を行使しない旨を約したことは前記のとおりであるから、原告両名が会社の右表示を信頼して、一層不利益な懲戒解雇処分を受けることを避けるため、会社の勧告に従い従来の態度を変更して配転先の職場へ就労したにもかかわらず、その後において、会社が懲戒解雇をもってこれに臨むことは、信義誠実の原則に違反し、許容し難いものというべく、本件解雇の意思表示は無効といわざるを得ない。

三、以上の次第で、原告らの本訴請求は、理由があるから正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田宮重男 裁判官 島田礼介 戸田初雄)

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